東京延年之會
2025年 7月1日 一般チケット発売開始!
小笠原由祠の還暦を記念して、若手狂言師・小笠原弘晃が狂言の最高秘曲である「釣狐」を披きます。(大曲を初演する事)
他には、能「屋島」小書「大事・奈須与市語」や狂言「松囃子」など、いずれも大曲を上演いたします。
能「屋島」では、現代を代表する能役者 観世銕之丞家当主 (公社)能楽協会理事長 9世・観世銕之丞 がシテを務め、人間国宝である下掛宝生流宗家宝生欣哉、同じく人間国宝の小鼓大倉流宗家・大倉源次郎など一流の演者が出演。そのほかにも当代の名手が揃います。また、小書(特殊演出)奈須与市語の演出が付き、狂言語の習い物である、平家物語扇の的の物語を、小笠原由祠が語ります。
また、96歳を迎える、人間国宝・芸術院院長 初生・野村萬が、独吟「大原木」にて老練の技を魅せ、
狂言「松囃子」には、野村万蔵家の当主・九世野村万蔵をはじめ、別家当主・野村万禄、野村拳之介など野村万蔵家一門が出演し、
秘曲・大曲ばかりの見応えたっぷりの舞台をお届けします。
20代の若手が大曲に挑戦し、円熟期を迎えた60代の名手が舞台を支え、能楽界最長老(96歳)が芸の極みを披露する、世代を超えた厚みと深みのある公演となっております。
皆様のご来場 お待ち申し上げております。

「釣狐」とは
ーあらすじー
あるところに百歳を過ぎた古狐がいた。
この狐は、近くに住む猟師に一族を皆殺しにされ、ただ一匹の生き残りであった。
猟師が自分を狙っていることを察し、このままでは自分も殺されてしまうと危惧した古狐は、
意を決して、猟師の伯父にあたる白蔵主という僧に化け、猟師の家を訪ねる。
そして猟師に向い、狐というものは執心が深いので、狐取りを止めるよう忠告し、狐が化けた玉藻前の昔話を語って聞かせるのであった。
絶世の美女と呼ばれていた玉藻前だが、その正体は狐であった。
大軍に攻められ死した玉藻前だが、その死後に「殺生石」と呼ばれる怨念の石となって人々に禍を生したというー
猟師は白蔵主の忠告に従い、狐取りの罠を渋々捨て、それを見て喜んだ古狐は夕闇に紛れて姿を隠す。
狐は大喜びで小謡を歌いながら古巣へ帰りを急ぎますが、帰り道の真ん中に何やら怪しいものが見える。
近づいて見てみると、先ほど猟師が捨てた「罠」であった。
すぐに気がついた古狐は、怖いもの見たさで罠に近づくが、餌のネズミの丸揚げの美味そうな匂いの虜になってしまう。
我慢ならなくなった古狐は、それが罠だと分かっていながらも餌を喰らうことを決意し、
白蔵主の扮装を脱ぎ捨てて身軽になって食べようと走り去る。(中入り)
白蔵主の様子がおかしいと思った猟師は先ほど捨てた罠を確認に来る。
そしてよくよく罠を見てみると見ると、狐がいじった跡があるではないか。
さては先ほどの白蔵主こそ、常日頃獲ろうと思っていた古狐であった事に気がついた猟師は、改めて罠を仕掛け身を潜め狐を待ち構える。
そこへ現れる、本性を著した古狐が。用心をしながら餌だけを取ろうと忍び寄るが…
30分前後の作品が多い狂言の中で、「釣狐」は1時間30分程もかかります。
中でも前半の白蔵主(実は古狐)の役は、長時間をほとんど独演し、小謡あり、語りあり、狐の生態を真似た激しい動きあり、
肉体を極限まで酷使する大役です。
狂言役者としての基礎訓練の成果が全てあらわれる為に、卒業試験にあたると言われているのでしょう。
しかも肉体を酷使した上で、
危険と知りながら餌にひかれて罠にかかっていく動物の本能、悲しさ、
という作品のテーマを表現しなければなりません。
今回は小笠原弘晃が「釣狐」披キを勤めます。
「釣狐」の披きについて
狂言、和泉流には古典の作品が254曲伝えられています。狂言役者の家に男の子が生まれると、ふつう3歳前後で初舞台を踏み、その後ひとつひとつ、古典の演目を習っていくのですが、稽古をする順番や、一定の年齢によって演ずる節目になる作品が、だいたい決まっています。
例えば初舞台は「靭猿」(うつぼざる)という狂言の小猿の役、初めてシテ(主役)を演ずるときは「伊呂波」(いろは)という場合が多いのです。子役の時代が終わったあと、通常は「奈須与市語」(なすのよいちかたり)「三番叟」(さんばそう)を披きます。
これらは単なる通過儀礼ではなく、稽古の段階で学ぶ事が、狂言役者としての基礎をつくる重要な要素を含んでいるために、とくに重んじられているのです。
そして狂言役者の卒業試験と言われる最高秘曲が「釣狐」(つりぎつね)です。この役を演じ終われば、一応の基礎勉強は終わったことを意味します。
公演の見どころ
半能「屋島」大事・奈須与市語(やしま・だいじ・なすのよいちかたり
旅の僧(ワキ)が四国屋島の浦に着き、無人の塩屋に立ち寄って主の帰りを待っていると、一人の漁翁(前シテ)が戻ってきます。僧は源平合戦の様子を詳しく語る漁翁に違和感を覚え、名を尋ねると、漁翁は義経の霊であることをほのめかして姿を消します。茫然とする僧の前に、塩屋の実の主(アイ狂言)が見回りに来てこの話を聞き、義経の亡霊の様子を見てはどうかと勧めます。
やがて僧がまどろんでいると、夢中に甲冑姿の義経(後シテ)が現れ、屋島合戦での活躍の様子を語ります。
今回は「大事」小書付きの半能として、アイ狂言が『平家物語・扇の的』のエピソードを一人四役の仕方話で語ります。また、後シテは、義経が弓を取り落とし、敵船近くまで流された弓を、末代までの名誉のために命を賭して取り戻す様を描く「弓流し」「素働き」の特殊演出で上演いたします。
「奈須与市語」について
『平家物語・扇の的』の一節を、語り手および義経・後藤兵衛実基・与一の三者が直接話法を用いて語り分けます。登場人物の位置を変えつつ、仕方(所作)を交えて語るこの演出は、声の強弱・高低・緩急・抑揚、そして間の取り方や配分など、極めて高度な技術を要する、狂言語りにおける最高の秘曲です。
「扇の的」
『平家物語』の名場面の一つ。源平屋島合戦の夕刻、休戦状態の中、平氏軍から美女を乗せた小舟が現れ、竿の先に掲げた扇を射よと源氏軍を挑発します。外せば源氏の名折れになることから、義経は熟練の武士を探し、那須与一に命じます。やむなくこれを引き受けた与一は、馬を海に乗り入れ、弓を構え、「南無八幡大菩薩」と神仏の加護を念じて矢を放ちます。
矢は見事に扇の柄を射抜き、扇は空高く舞い上がったのち、春風に一もみ二もみされて海へと落ち、白波の上を漂いました。夕日の光を背に、赤い日輪の描かれた扇が波間に浮かぶ様は、まさに絵巻物のような美しさ。平家の船端からは感嘆の声が上がり、陸の源氏軍からも歓声が湧き上がります。
この場面は『平家物語』の中でも最もよく知られた語りの一つであり、元暦三年三月十八日夕刻、屋島合戦の挿話です。十七、八歳の遊君が端紅に日輪を描いた扇を舟棚に挟み、陸の源氏方に手招きする。義経は扇を射落とせと命じ、後藤兵衛実基の推挙により、この大役を那須与一宗高が担います。敵味方が固唾をのんで見守る中、与一の放った矢は扇の要ぎわを鮮やかに射抜きました。両軍からはどっと歓声が上がり、扇は春風に舞い、白波の上を美しく漂いました。
●その他 公演の見どころ●
狂言「松囃子(まつばやし)」
毎年、新年の祝儀として松囃子を舞いに来る万歳太郎。今年はなかなか現れず、それを気にした弟が兄のもとを訪ねますが、兄のところにもまだ来ていない様子。実は二人は例年、年の暮れに太郎へ米一石ずつを送っていたものの、昨年は二人とも忘れていたのです。やがて太郎がやってきますが、兄が歌舞を所望すると…。
松囃子は、新年に日頃お世話になっている家々を巡って祝福する中世の祝祷芸能。その風俗行事を題材とした、新年にふさわしい祝言曲です。
独吟「大原木(おはらぎ)」
狂言劇中歌として伝わる中世歌謡を、謡のみで演じます。本曲は狂言『若菜』の中で、大原女たちが早春の若菜摘みに訪れた際に謡う、美しい旋律の曲です。今回は野村萬の至芸をご披露いただきます。